開催日時:平成20年7月27日
開催スタッフを乗せ国上に向かう。
NST主催「夏休み子供良寛塾」に集まった子供たちにルールの説明。
先攻、後攻に分かれて試合開始。
先ずは、攻撃側が缶をけります。
鬼は所定の位置に缶を戻して目をつぶり30数えます。30秒±1秒であれば鬼のポイントになります。
攻撃側はその間に所定のエリア内のどこかに隠れます。
30数え終わった鬼は、隠れたわらし(攻撃側)を探しにいきます。
わらしは鬼の動きをうかがいながらドキドキして隠れています。
わらしが着けているゼッケンの色を言って先ほどの缶を踏みます。そうすると見つかったわらしはアウトとなり鬼のポイントになります。
「赤見っけ」と言って鬼は缶を踏みに戻ります。が、鬼より先に缶を蹴ればわらしのポイントとなります。蹴られたら鬼は缶を所定の位置に戻してから目をつぶり10秒数えます。(10数える)
すでに見つかっていたわらしが居れば、この時にまた逃げ出して隠れることができます。
だから必死に走るのです。
広場で隠れ処が少ない場合はこのように隠れ場所を設営します。
ビブスの色が見えなければ良いのです。
見つからないように遠くに隠れることも必要ですし、近くに隠れて缶を蹴ることも作戦として必要です。
赤のビブスはすでに見つかったわらしで、誰かが缶を蹴るのをまっています。
緑のビブスのわらしは、鬼が離れたすきに缶を蹴ろうと、缶が置いてある近くに隠れてチャンスをうかがっています。
鬼が近づき見つかりましたが、鬼よりも先に缶を蹴ろうと必死に走る緑のわらし。
わらしを探す時は鬼はいつでもダッシュできるような体制でいます。
先攻、後攻、両方が終わったところで得点を集計し発表します。
応援する方も、ハラハラドキドキ熱が入ります。
会場となった公園には、子供らと遊ぶ良寛さんの像がありました。子供らの歓声を聞き良寛さんもハラハラドキドキしていたのではないでしょうか。
スタッフとして参加していただきました皆様ありがとうございました。
こちらが今回使いました。得点集計表です。
今回の歩こう会は、国上の里で良寛さんの足跡をたどりました。
国上寺駐車場にて浜田代表世話人の挨拶と案内役の觧良世話人理事より行程の説明をしていただき、出発しました。
境内にある良寛坐像
国上寺本堂に参拝
五合庵へ下るところに鏡井戸があります。
五合案には、地元のボランティアガイドが待機していて説明してくれました。こういうおもてなしはありがたいですね。
次に本覚院を訪ねました。昔は宿坊が点在していて、そのひとつが本覚院であると説明を聞きました。
本覚院さんが歓待してくださいました。
本堂の脇には、可愛らしいわらべ地蔵が6体ひっそりと苔むした庭に安置されていて、ホッとするような情感を漂わせていました。
本覚院さんの宝物館を拝見させていただきました。
本覚院さまを中心にみんなで集合写真をとりました。「いちたすいちは、にー」
良寛の月見の坂まで、本覚院さまが案内してくださいました。持っている杖は、良寛さんが愛用していたアカザの杖と同じものだそうです。
国上の里までの急な坂道の途中で忽然と現れたお堂、良寛さんが五合庵へ戻る途中に休憩されたお堂だそうです。中には、石仏が安置されていました。
急な坂を下る一行。下りだから良いけれど、のぼりだったら・・・
いよいよ里に近づいてきました。風情のあるなだらかな坂道になりました。
国上の里には、歴史を感じさせる大木があり、良寛さんもこの木の下を歩かれたのであろうと推察しながら歩きました。
国上の里にある乙子神社
乙子神社にある句碑の説明を受けました。
ひっそりと佇む乙子神社草庵、良寛さんはここで10年ほど滞在され、書や詩歌の創作に打ち込まれたそうです。
当会も参画して建てられた良寛訪ね道の案会看板です。新潟県をはじめ関係自治体の皆さん有難うございました。
夕ぐれの岡にて説明を聞きました。昔はこの一帯に円上寺の沼があり、その水面に夕日が映えて美しかったので、ここが夕ぐれの岡になった。良寛の和歌にも詠まれています。

開催当日に合わせるが如く満開となった維馨尼桜。
維馨尼、三輪佐市のお墓に花を供えてお参りいたしました。
お参りの後、維馨尼桜を観ながら八幡荘(やはたそう)へ向かいました。
突然のご指名で、丸山理事より開宴のあいさつをさせていただき、ギターと尺八の演奏を聴きながらのとても贅沢な観桜会が始まりました。
演奏していただいた「しゃらく」のお二人です。楽しいトークや唱歌を一緒に歌ったりで、お陰さまで楽しい一時を過ごさせていただきました。
演奏の合間に斉藤全国良寛会名誉会長より、維馨尼桜を背景にご挨拶を賜りました。
新潟や旧長岡市内からも参加いただきお陰さまで開催することが出来ました。参加していただきました皆様に心から感謝申し上げます。

晴天に恵まれ昨年完成した良寛の里案内パーク出雲崎を皮切りに歩こう会を開催しました。この日は当会の理事を佐藤新次郎さま案内をしていただきました。参加者は遠く横浜や新潟市からも参加してくださいました。ここには良寛さんが修行から帰った時に詠んだ還郷作という詩碑が建てられています。

次に訪れたのが良寛さんが仮住いされた中山の西照坊です。ここでは与板の大阪屋三輪家とのつながりが語られ、良寛さんが交流していた人達との関わりが説明看板にも書かれています。
いよいよ良寛さんが歩いた古道の入り口です。案内看板を見ながらコースの要所について説明を受けました。
山道を登っていくと橘屋と勢力争いを繰り広げた敦賀屋のお墓への分岐路にたどり着きます。
こちらが敦賀屋のお墓です。なぜこんな山の中にと思われますが、その当時は自分が所有していた山に建立したということと、古道は人々の行き来が多かったのではないかと思われます。
古道のコースに戻り、花立のお堂跡や花畑の跡を進み登っていくと道の傍らに観音様が置かれていた台座跡があります。昔は33体の観音様が古道に点々と置かれていたそうです。今は円明院に集められています。
古道の頂には薬師堂が建てられていましたが、今は東屋が設置され、一息つくことが出来ます。供養塔もありますが中越沖地震で石塔の上部が落下していましていました。
古道を下ると良寛記念館に入る道に出ます。記念館を見学した後、夕日の丘公園に上がりました。眼下に良寛堂、そして母の実家があった佐渡を望むことができます。佐渡で掘られた金はこの出雲崎で陸揚げされていました。またこの地は新潟景勝百選一位に選ばれた風光明媚な高台です。
参加者全員ではありませんが、記念写真を撮りました。「いちたすいちは、に」左から、佐藤新次郎さん、本間さん、平井さん、高橋さん、磯部さんです。磯部さんは歌手で良寛さんにちなんだ歌を歌われるということです。こんど聴く機会も設けたいと思います。
記念館を後にし、良寛堂をたずねました。海に向かって母を偲ぶ良寛坐像に思わず手を差し伸べる参加者のみなさん。大勢の人に触られて、良寛さんの手がすべすべと光っていました。
母を偲びじっとこらえているように見えました。良寛さんが22歳の時に円通寺へ修行に旅立った時が母との生涯の別れになりました。
こちらが良寛堂です。良寛さんが持佛として持ち歩いた枕地蔵が安置されています。この日は少人数のグループの観光客が訪れていました。良寛の里のサイン看板で駐車場の案内をしていることも役立っているのかなと思います。

また来るからねと。良寛さんに別れを告げ良寛堂を後にしました。
次に訪れたのが近年建てられた、妻入り会館です。妻入りの町並みの象徴として、訪れた人々の休憩や案内施設として、また展示場として活用されていました。定期的に講演会も開催されていると聞きました。
休憩できる部屋は旧道に面していて、レトロな感じで郷愁を誘いちょっと一服しながらパンフレットなどを見ることが出来ます。
通路部分は昔の土間を髣髴させる仕上げとなっていました。身障者の方も用が足せるように立派なトイレも整備されていました。
このときは、中越沖地震で浮かび上がった縄文古木を使って作られた置物が展示されていました。
その次に訪れたのが、良寛さんが修行に旅立たれた丘にです。良寛の里サイン看板で「旅立ちの丘」と明示されていました。修行に出かけたときの良寛さんの心情を表した詩碑が建てられています。また、この近くには、良寛さんが出家する原因となったとも言われている獄門跡があります。
くるまや旅館さんで少し遅い昼食をいただきました。趣のある広間でとても美味しい魚料理に舌鼓を打ち交流を深めました。
食事の後、館内にある三角堂や美術品の展示室を見学し今回の古道を歩こう会を終えました。
今回は車での移動の便宜を図っていただきました出雲崎町当局ならびに運転していただいた関本様、本当にお世話になりありがとうございました。
今回の歩こう会は、初めて昼食も含め妻入りの町も含めての企画でしたが体に優しく美味しいものも食べることが出来て大変有意義で贅沢な旅が出来たように思います。来年はさらに多くの人達に声を掛け、誘い合わせて訪れたいと思います。
晴天に恵まれ絶好のイベント日よりの中、厳粛に式典が行われました。ご多用のところご参集賜り誠に有難う御座いました。来賓の皆様におかれましては最後までお付き合いいただき感謝申し上げます。
現在掲示板には当会が作成したパネルの一部を展示しています。また、パンフレットボックスには詩碑の解説が入っています。出雲崎にお出かけの節は是非お立ち寄り下さい。
主催者挨拶:良寛の里活性化研究会代表世話人浜田 明
事業主のご挨拶:新潟県長岡地域振興局を代表し挨拶される地域整備部長の清水洋一様
良寛詩碑「還郷作」の除幕 右より柳本様、清水様、柄沢様、小林様、松本市壽先生、浜田 詩は、良寛自筆詩集『草堂詩集』地巻からの出典で、定本良寛全集第1巻にも掲載されています。還郷作は「げんきょうさく」と読むそうです。
来賓祝辞:新潟県議会議員柄沢正三様
来賓祝辞:出雲崎町長小林則幸様
来賓祝辞:全国良寛会副会長柳本雄司様
閉式の挨拶:良寛の里活性化研究会世話人理事解良亮一
記念講演会開催の挨拶:良寛の里活性化研究会世話人理事丸山澄夫
演題「良寛さんとまちおこし」 熱弁をふるった松本市壽先生
閉会の挨拶:良寛の里活性化研究会世話人理事佐藤新次郎
良寛120回忌を記念して昭和25年に多くの芸術家の志により歌碑が建立され、桜の木が道路沿いに植えられた。咲き誇る桜の下でお祭りも開催され長岡から臨時のバスが運行されたと聞いている。寄付をしたときの芳名帳が浜田臥牛洞様に保管されている。その芳名帳の表紙には、志ほの里会(奥村土牛の落款)とあり、奥村土牛、三岸節子、東山魁夷、向井潤吉、東郷青児、総勢73名もの芸術家が支援していました。この度、歌碑周辺の草取りや清掃を行いました。



与板の会員だけでなく、長岡旧市内や新潟からも駆けつけてくださいました。感謝!
みんなの努力ですっきりして歌碑が直接見えるようになりました。是非お立ち寄り下さい。
清掃に夢中になり時間を掛け過ぎたため古道を歩けませんでした。この次は歩きましょう。
歌碑に関するお問合せは、浜田臥牛洞(はまだがぎゅうどう)TEL0258−72−2208までご連絡下さい。

与板町の南新町交和会館において通常総会を開催しました。
18年度活動報告・18年度決算報告・監査報告・19年度事業計画・19年度予算案について審議されました。
サイン計画については、長岡地域振興局企画振興部地域振興課の野崎様より今年度事業としてサイン看板を拡充設置する旨、報告がありました。また、ポケットパークの工事が進み6月には完成する予定であることも報告されました。
挨拶をされる全国良寛会名誉会長の斉藤様。
「とても人間の巾が広く大きな良寛で世界的な偉人であるにもかかわらず知名度が低いのがとても残念に思う。間口が広くて取り付きにくい良寛だが、幅広い活動の志を捨てず頑張って欲しい。この会の活動はとても心強く感じた。」
「良寛さんと山古志」という演題で講演される元山古志村長の酒井省吾様。
良寛さんは、名主見習いの時すなわち出家する前になると思うが、代官様を案内するための下見に訪れたことがあったのだろう。「虫亀見牛闘」の詩は、年月を経て良寛となってから詠まれた詩である。岩波文庫「良寛詩集」大島花束・原田勘平 訳註に詩の解説が載っています。講演にあたり貴重な資料を持参していただき、古志の由来や範囲の変遷なども教えていただきました。
講演の御礼と来賓としてご臨席いただいた斉藤様に感謝の言葉を述べる丸山理事。
酒井省吾様よりビールを頂戴する代表の浜田。話が盛り上がり山古志訪ねツアーを行うことになった。酒井先生、本当に有難うございました。良寛さんが取り持つご縁に感謝。
交流会で最後まで残った皆さんと記念撮影。
全国良寛会の役員懇親会の席で斎藤信夫名誉顧問から紹介していだきました維馨尼桜が満開となり、八幡荘にて昼食を食べながら観桜会を行いました。
平成19年4月17日の咲き具合です。
平成19年4月19日の咲き具合です。
平成19年4月22日見事に満開となりました。町内でもうわさになるほどきれいに咲きました。
与板の割元庄屋新木家は、良寛さんのお父さんの実家です。小沢昭一様のおばあさんが新木家の娘であると言い伝えられています。そうすると良寛さんと小沢様は親戚であることになります。
全国良寛会常任理事の松本市壽先生の勧めもあって、この度、ご先祖と良寛さんの足跡を訪ねて来町されました。
ご案内やご接待賜りました関係者の皆様に心から感謝申し上げます。
楽山苑にて天寒自愛の碑の説明を受ける小沢様
出迎えた皆さんと記念撮影。左より「良寛めし」を作った久廼弥の店主、小沢昭一様、奥は与板支所長笠原様、分水良寛会会長で元与板中学校長の觧良先生、当会代表の浜田、事務局の中村、一番右は久廼弥の女将さん。
良寛さんのエピソードを盛り込んだ良寛めしをみんなでいだだきました。
与板良寛歌碑保存会会長の小林様と対談し小沢様の先祖の話で盛り上がりました。
新木家跡を訪れ、感無量の小沢昭一様。
小林先生の説明に聞き入る小沢様。「じいさんとばあさんがここで出会ったのか!」
割元庄屋新木家が記録し保管していた関守を与板町歴史民族資料館にて見せていただきました。
和島島崎の隆泉寺にて木村家墓所で眠る良寛さんのお墓にお参りしました。
墓石に刻まれた「僧伽」と「旋頭歌」の説明を受けました。
良寛さんが晩年お世話になった木村家門前にて
今も名家のたたずまいを保つ木村家。
現在の当主の奥様より茶菓の接待を受けました。ありがとうございました。

会議の主題 サイン計画
あなたが今日気づいたことは?
•良寛の看板、意外と見てもらっている。
•観光客の心理に合った公告(看板)はなんだろうか?もっと勉強したい。しなくてはと気づきました。
•市町村の関係課担当者の出席を求めるべき。
•看板設置、設置したい場所のイメージは湧くけど、具体的になると本当に出来るのかむずかしいと思う。(占有許可や土地所有者の同意などの手続きがいる。)
•活気ある意見がよろしい。
•平成20年総会を見据え整備を早めよう。
•良寛の史跡はまだまだ在り、リピーターを呼べることが出来るような感じがした。
•各グループの目的が同じ方向を向いていた。大差は無い。
•休日でない為、一般の参加者が少なかった。ワークショップの今後は長期的予定が必要。プランの具体化等(少しづつ実行されているので)
•みなさん一生懸命に考えておられることに脱帽。
•奥が深くてむずかしい。
•集まった全員が良寛の里をアピールしようという思いが強く感じられた。
•H20が良寛生誕250年(へー)
•サイン統一はGood!!
あなたが今日うれしく思ったこと、満足したことは?
•意見が活発だった。
•いろんな方と出会えたこと。
•忌憚の無い意見を多く発表させたことがよかった。
•年代にとらわれずいろんな人は集まるとやっぱりいろいろなアイデアが出る。
•これからの良寛活性化にプラス討議。
•良寛の里が整備されると思った。
•参加者の方が積極的で楽しかった。
•大体のまとまりを得た。
•議論は真剣にやられている。
•初めて参加したが良寛の里の連携を感じた。
•役所の方がだいたい来てくれたこと。
あなたが今日不満に思ったこと。悲しかったことは?
•まとめきれなかった。
•もっと意見の集約を図りたかったこと。
•特に初めて出席する人には概略説明をした方がスムースに話しに入れると思う。
•遅刻したせいで意見を十分に話すことが出来なかった。
•事前に検討する資料をいただければ前もって少し考えて来れた。
•会員参加者が少ない。
•時間内にまとめられなかったこと。
あなたが今日、言い残したことは?
•看板の目的をはっきりさせたい。
•良寛さんをもっと広めよう。
•各町村も良寛顕彰に予算投入を希望する。
•本年度は身近な整備とし、全体を結ぶ総合は次年度の予算に希望したい。
•看板は一過性ではなくH20総会後も効果があるものを効果が上がる場所に(大勢の人から見てもらえるところ)
その他
•みなさん準備お疲れ様でした。ありがとうございます。
•人の熱意が組織を動かす。
•遅刻して申し訳なかった。

鬼チーム・わらしチームそれぞれ五人に分かれて競技を行います。女性や子供がいる場合はハンディが与えられます。
缶を蹴った後、鬼は30秒数えます。審判のストップウオッチとの誤差が2秒以内の場合はポイントが加算されます。わらし側のメンバーはこの間に思い思いのところに隠れます。
鬼の目を盗んで缶を蹴った場合はポイントになります。鬼は蹴られないようにしながら隠れたいるわらしを見つけます。
わらしが出てきたのであわててサークルに戻ろうとしている鬼。残念ながらまた蹴られてしました。蹴られたら鬼は元の位置に缶を戻して10秒数えます。その間にわらしはまた隠れます。すでに見つかってしまったわらしもまた逃げて隠れることが出来ます。
子供たちの動きは機敏です。子供だと思ってあなどることは出来ません。
離れれば蹴られるし、どこを探しにいこうかな?作戦を考える鬼。見つけたときは着用しているゼッケンの色を宣言して缶を踏むことによりアウトになります。
競技終了後、講評と表彰式を行う実行委員長の觧良亮一世話人理事。
好天に恵まれ競技を楽しんだ参加者の皆さん。
やってみると面白くてハラハラドキドキ夢中になります。次回開催のときは、皆さんお誘い合わせの上参加してください。
お手伝いいただきましたスタッフの皆さん有難うございました。

全国良寛会柳本副会長の祝辞
役員紹介:左より顧問の斎藤信様、会長の森正隆様、副会長の吉井和子様、副会長の三浦真厳様、事務局長の柳邦夫様、理事の皆さん
理事の皆さん
初代会長に就任された森正隆先生
発会総会の閉会の挨拶。吉井和子先生
記念講演の講師「山折哲雄先生」を紹介されている全国良寛会名誉会長の斎藤信夫先生
良寛顕彰と当会のご隆盛をご祈念申し上げます。
その節は、心から歓迎していただき感謝申し上げます。

芭蕉苑を訪れた一行
芭蕉苑にある芭蕉の像
佐渡を望む良寛像。「たらちねの・・・」歌碑も設置されている。
良寛堂の中まで見学させていただいた。出雲崎教育委員会の皆さん有難うございました。
良寛記念館の隅にひっそりと佇む橘屋山本家のお墓と歌碑
「おきつ風いたくなふきそくものうらはわがたらちねのおきつきところ」
ここ雲の浦(出雲崎)はわが母上の御魂の安らかにしずまりしところ、沖から寄せる海風も心してここだけはよけて吹き荒れないでほしい。
景勝百選第一位夕日の丘にて雄弁に良寛さんを語る佐藤新次郎さん。
遠くに浮かぶ良寛さんの母のふるさと佐渡島をバックに記念撮影

これから遭遇する冒険に胸を躍らせ出航。




大きいのが大人で小さいのが子供です。しぐさは全く同じです。
魚野川で良寛顕彰というよりも子供らと無邪気に遊ぶ大人が印象的でした。好評に付き来年はさらにもう一艘イカダを製作して参加しようと女性の声が上がっています。昼食は良寛クラブ南魚沼の遠藤副会長(越前屋旅館)のお世話になりました。炎天下で食べた冷たいそうめんがとても美味しかったです。
6月25日に出雲崎中央公民館において、ポケットパークの講演会・意見交換会を開催しました。先ず、「良寛アメニティーの創出」と題して松本市壽先生より基調講演をいただき、これから建設されるポケットパークの位置づけや現時点でのポケットパークの計画を説明させていただきました。その後、班に別れ車座になって自由闊達に活用方法について話合いを行い、必要な施設や設置する良寛詩碑について意見を交わしました。数日後には、長岡地域振興局において会議の結果を報告させていただきました。
開会の挨拶をする代表世話人の浜田さん
多忙の中、駆けつけていただいた出雲崎町長小林則幸様からもご挨拶を頂戴しました。
「良寛アメニティーの創出」という演題で基調講演を行う松本市壽先生。この日のために講演資料まで作って頂き有難うございました。
地元だけでなく良寛クラブ南魚沼からも3名参加されて、活発に意見が出ました。大変勉強になりました。やはり色々な意見を聞くことは大事なことですね。
意見交換を終え、自分の班で話し合ったことを説明する進行役の丸山世話人。
ある班の話の内容の記録です。
会場を「くるまや旅館」に移して松本先生を囲み交流会を開催しました。歴史民族資料館のような、高級料亭を偲ばせる様な情緒ある旅館で食材も珍しいものがあり美味しくいただきました。こちらのご主人は良寛の里活性化研究会の新入会員です。近々中に是非こちらの旅館でまた交流会を開催したいと思います。
この度のイベントは日報さんから記事にしていただき、大勢の皆さんから盛り上げていただきありがとうございました。合掌。
